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[[1979年]]、[[ニッポン放送]]『'''[[中島みゆきのオールナイトニッポン]]'''』(月曜1部)がスタートし、番組においての軽妙な語り口がリスナーのあいだで大きな人気を集めた。[[1980年代]]前半にはミュージシャンとして更に大きな人気を集めており、[[1981年]]のシングル「'''[[悪女 (中島みゆきの曲)|悪女]]'''」はオリコンのシングルチャートで自身2度目の1位を獲得し、[[1982年]]の年間チャートでも6位を記録、この曲のアルバム・バージョンが収録された1982年発表のアルバム『'''[[寒水魚]]'''』が同年のオリコンの年間アルバムチャートで1位を記録するなど、1981年から1982年にかけてはその人気はピークに達した。[[1983年]]には[[柏原芳恵]]に提供した「'''[[春なのに]]'''」が大ヒットし、[[第25回日本レコード大賞]]の作曲賞を受賞した。
 
[[1979年]]、[[ニッポン放送]]『'''[[中島みゆきのオールナイトニッポン]]'''』(月曜1部)がスタートし、番組においての軽妙な語り口がリスナーのあいだで大きな人気を集めた。[[1980年代]]前半にはミュージシャンとして更に大きな人気を集めており、[[1981年]]のシングル「'''[[悪女 (中島みゆきの曲)|悪女]]'''」はオリコンのシングルチャートで自身2度目の1位を獲得し、[[1982年]]の年間チャートでも6位を記録、この曲のアルバム・バージョンが収録された1982年発表のアルバム『'''[[寒水魚]]'''』が同年のオリコンの年間アルバムチャートで1位を記録するなど、1981年から1982年にかけてはその人気はピークに達した。[[1983年]]には[[柏原芳恵]]に提供した「'''[[春なのに]]'''」が大ヒットし、[[第25回日本レコード大賞]]の作曲賞を受賞した。
  
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[[Image:中島みゆき6.jpg|300px|thumb|中島 みゆき]]
 
1990年代の日本の音楽業界では、テレビドラマや[[コマーシャルメッセージ|CM]]との[[タイアップ]]によって[[ミリオンセラー]]を記録するシングルが後を絶えなかったが、中島みゆきも例に漏れず、ドラマ『[[親愛なる者へ (テレビドラマ)|親愛なる者へ]]』の主題歌「'''[[浅い眠り]]'''」をはじめとする3枚のミリオンヒットを記録している。いずれもテレビドラマの主題歌として起用された楽曲であり、[[安達祐実]]主演の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列『[[家なき子 (1994年のテレビドラマ)|家なき子]]』の主題歌として書き下ろされた[[1994年]]の「'''[[空と君のあいだに/ファイト!|空と君のあいだに]]'''」は147万枚のセールスを記録した。[[1983年]]発表のアルバム『'''[[予感 (中島みゆきのアルバム)|予感]]'''』収録曲「ファイト!」との両A面扱いで発売されたこのシングルは、中島にとっての最大級のベストセラーである。この時期のアルバムはシングルほど芳しい成果を上げるわけではなかったものの、1980年代後半よりも安定した成績を収めた。『'''[[EAST ASIA]]'''』から『'''パラダイス・カフェ'''』までの5作は全て20万枚以上のセールスとなっている。[[1996年]]には[[ベストアルバム]]『'''[[大吟醸 (中島みゆきのアルバム)|大吟醸]]'''』がオリコンのアルバムチャートで1位を獲得し、日本における女性ソロアーティストのアルバムチャート1位獲得の当時の最高齢記録を更新([[2013年]]現在この記録を保持しているのは[[松任谷由実]])。[[1997年]]から[[1999年]]にかけてのCDセールスは全体的に大きく伸び悩んだ。
 
1990年代の日本の音楽業界では、テレビドラマや[[コマーシャルメッセージ|CM]]との[[タイアップ]]によって[[ミリオンセラー]]を記録するシングルが後を絶えなかったが、中島みゆきも例に漏れず、ドラマ『[[親愛なる者へ (テレビドラマ)|親愛なる者へ]]』の主題歌「'''[[浅い眠り]]'''」をはじめとする3枚のミリオンヒットを記録している。いずれもテレビドラマの主題歌として起用された楽曲であり、[[安達祐実]]主演の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列『[[家なき子 (1994年のテレビドラマ)|家なき子]]』の主題歌として書き下ろされた[[1994年]]の「'''[[空と君のあいだに/ファイト!|空と君のあいだに]]'''」は147万枚のセールスを記録した。[[1983年]]発表のアルバム『'''[[予感 (中島みゆきのアルバム)|予感]]'''』収録曲「ファイト!」との両A面扱いで発売されたこのシングルは、中島にとっての最大級のベストセラーである。この時期のアルバムはシングルほど芳しい成果を上げるわけではなかったものの、1980年代後半よりも安定した成績を収めた。『'''[[EAST ASIA]]'''』から『'''パラダイス・カフェ'''』までの5作は全て20万枚以上のセールスとなっている。[[1996年]]には[[ベストアルバム]]『'''[[大吟醸 (中島みゆきのアルバム)|大吟醸]]'''』がオリコンのアルバムチャートで1位を獲得し、日本における女性ソロアーティストのアルバムチャート1位獲得の当時の最高齢記録を更新([[2013年]]現在この記録を保持しているのは[[松任谷由実]])。[[1997年]]から[[1999年]]にかけてのCDセールスは全体的に大きく伸び悩んだ。
  
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== 関連人物 ==
 
== 関連人物 ==
 
*[[吉田拓郎]] - デビュー前、中島は拓郎の追っかけをやっており、拓郎の楽屋にも出入りするほど、周囲では有名なファンであった。拓郎は、中島の「ファイト!」を気に入っており、よくコンサートで歌っている。中島は拓郎のことを「よた」と呼んでいた。[[2006年]][[9月23日]]に行われた「吉田拓郎&[[かぐや姫 (フォークグループ)|かぐや姫]]コンサートinつま恋2006」にゲスト出演し、提供曲「永遠の嘘をついてくれ」で共演した。この模様はNHK BShiで生放送され、同コンサートのDVD『Forever Young Concert in つま恋』に収録されている。ゲスト出演すると、コンサートを全部見ることができると思っていたが、ゲスト出演が極秘であった為、ある部屋に出演時間まで、缶詰され目隠しの車に乗せられてコンサート会場に行き、リハーサル無しで、出演し歌を歌い終わったら、そのまま東京へ護送された(本人曰く)ということだった。
 
*[[吉田拓郎]] - デビュー前、中島は拓郎の追っかけをやっており、拓郎の楽屋にも出入りするほど、周囲では有名なファンであった。拓郎は、中島の「ファイト!」を気に入っており、よくコンサートで歌っている。中島は拓郎のことを「よた」と呼んでいた。[[2006年]][[9月23日]]に行われた「吉田拓郎&[[かぐや姫 (フォークグループ)|かぐや姫]]コンサートinつま恋2006」にゲスト出演し、提供曲「永遠の嘘をついてくれ」で共演した。この模様はNHK BShiで生放送され、同コンサートのDVD『Forever Young Concert in つま恋』に収録されている。ゲスト出演すると、コンサートを全部見ることができると思っていたが、ゲスト出演が極秘であった為、ある部屋に出演時間まで、缶詰され目隠しの車に乗せられてコンサート会場に行き、リハーサル無しで、出演し歌を歌い終わったら、そのまま東京へ護送された(本人曰く)ということだった。
*[[松山千春]] - 共に[[札幌テレビ放送]](STV)のディレクターだった竹田健二(1977年、37歳で急逝)に恩義があり、北海道出身同士の友人。髪が薄いのをからかって中島が「[[さだまさし|まさし]]と千春のコンサートには、ワカメの花束を持って行こう!」と言ったことも([[さだまさし]]談…さだ・松山・中島の三人で食事をした際に、松山が薄毛対策のためにわかめスープを飲んだのに、さだが付き合う形で二人で飲んだ。その時「みゆきがそばでジィーッと見てて」<ref>さだまさし『さだまさし ステージ・トーク 噺歌集』(文春文庫 1986年 P129-130 さだの発言自体は1979年6月のもの)より。この話は、かつては三人で食事をするほどの仲であったことも示している。</ref>)
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*[[足寄出身の歌の下手糞な歌手|松山千春]] - 共に[[札幌テレビ放送]](STV)のディレクターだった竹田健二(1977年、37歳で急逝)に恩義があり、北海道出身同士の友人。髪が薄いのをからかって中島が「[[さだまさし|まさし]]と千春のコンサートには、ワカメの花束を持って行こう!」と言ったことも([[さだまさし]]談…さだ・松山・中島の三人で食事をした際に、松山が薄毛対策のためにわかめスープを飲んだのに、さだが付き合う形で二人で飲んだ。その時「みゆきがそばでジィーッと見てて」<ref>さだまさし『さだまさし ステージ・トーク 噺歌集』(文春文庫 1986年 P129-130 さだの発言自体は1979年6月のもの)より。この話は、かつては三人で食事をするほどの仲であったことも示している。</ref>)
 
*[[さだまさし]] - 「あの人に似ている」を共作。古くからの仲であり、お互いに「みゆき」「まさし」と呼ぶ間柄。二人でレコーディングした際のインタヴューではお互いに「ファンだ」と言い合っていた。このデュエットの実現は中島の要請によるものである。さだは、[[2006年]]元日に放送された自身司会のNHK『[[今夜も生でさだまさし|新春いきなり生放送!!「年の初めはさだまさし」]]』で、『プロジェクトX』の後継番組『[[プロフェッショナル 仕事の流儀]]』の番宣に登場したNHKスタッフに、「この番組には中島みゆきさんの歌はないんですか?」とわざわざ質問していた。2011年1月1日放送の『年の初めはさだまさし』で中島が『[[今夜も生でさだまさし]]』の視聴者であることが紹介されたが、その際さだは、中島と2010年末に名古屋で会った時にさだが「『今夜も生で中島みゆき』やればいいのに。みゆきなら出来る」(中島が「TOUR2010」で観客からのお便りを読むコーナーをやっていることから)と言ったところ中島が「白板の前のライトはきつい」と答えた、というエピソードを紹介した。さだの妹・[[佐田玲子]]のデビュー曲は、中島が書いている。
 
*[[さだまさし]] - 「あの人に似ている」を共作。古くからの仲であり、お互いに「みゆき」「まさし」と呼ぶ間柄。二人でレコーディングした際のインタヴューではお互いに「ファンだ」と言い合っていた。このデュエットの実現は中島の要請によるものである。さだは、[[2006年]]元日に放送された自身司会のNHK『[[今夜も生でさだまさし|新春いきなり生放送!!「年の初めはさだまさし」]]』で、『プロジェクトX』の後継番組『[[プロフェッショナル 仕事の流儀]]』の番宣に登場したNHKスタッフに、「この番組には中島みゆきさんの歌はないんですか?」とわざわざ質問していた。2011年1月1日放送の『年の初めはさだまさし』で中島が『[[今夜も生でさだまさし]]』の視聴者であることが紹介されたが、その際さだは、中島と2010年末に名古屋で会った時にさだが「『今夜も生で中島みゆき』やればいいのに。みゆきなら出来る」(中島が「TOUR2010」で観客からのお便りを読むコーナーをやっていることから)と言ったところ中島が「白板の前のライトはきつい」と答えた、というエピソードを紹介した。さだの妹・[[佐田玲子]]のデビュー曲は、中島が書いている。
 
*[[瀬尾一三]] - 『グッバイガール』以来、ずっと中島のアレンジャー、プロデューサーを務めている。
 
*[[瀬尾一三]] - 『グッバイガール』以来、ずっと中島のアレンジャー、プロデューサーを務めている。

2013年12月17日 (火) 01:22時点における最新版

中島 みゆき
中島 みゆき
中島 みゆき

中島 みゆき (なかじま みゆき、本名:中島 美雪(読み同じ)、1952年2月23日 - ) は、北海道札幌市出身のシンガーソングライターラジオパーソナリティ1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビュー。失恋歌とラジオ番組などでの明るい語り口とのギャップで1980年代前半に大きな人気を博し、現在も根強い支持を受け続けている。 公式ファンクラブ名は「なみふく」である。

オリコンで4つの年代にわたってシングルチャート1位を獲得した(1970年代:「わかれうた」、1980年代:「悪女」、1990年代:「空と君のあいだに/ファイト!」、「旅人のうた」、2000年代:「地上の星/ヘッドライト・テールライト」)唯一のソロ・アーティストでもある。

経歴[編集]

幼年期 - デビュー前[編集]

祖父は帯広市議会議長なども務めた中島武市、父・眞一郎は産婦人科札幌市に生まれ、5歳のときに岩内に引っ越し、11歳までを岩内で過ごす。帯広に移り、帯広小学校を卒業。帯広第三中学校に入学。1966年の夏には体調不良の母親が実家で一時療養するのに合わせて山形市に移り市立第六中学校に通うが、高校受験のため4ヶ月で帯広に戻る。その後、帯広柏葉高校を経て、藤女子大学文学部国文学科を卒業。

帯広柏葉高校3年生の時、文化祭で初めてステージを踏む。この時歌ったオリジナル曲は、「鶫の唄」である。大学時代は、放送研究会に所属し、ローカルラジオ局でスタッフのバイトなどをする。北大フォークソングのメンバーと交流を持ち、活発に音楽活動を展開し、「コンテスト荒らし」の異名をとった。1972年には、「フォーク音楽祭全国大会」に出場し、「あたし時々おもうの」で入賞している。この時の音源は大会実況版としてLP化されている。後年、コンテストに出場したのは交通費や弁当代が支給されるので、バイト代わりであったと述べている。大学卒業後は帯広に帰り、家業を手伝う傍ら、アマチュア活動を続ける。ジャズ喫茶オーディオのマスター、渡辺晃が主催した「自由集団」の企画で多くのステージを踏み、デビュー前に地元では既に多くのファンを獲得しており、オリジナル曲は既に100曲以上存在していた。

デビュー - 1970年代後半[編集]

中島 みゆき

1975年5月財団法人ヤマハ音楽振興会の主催による「第9回ポピュラーソング・コンテスト」に「傷ついた翼」が入賞。9月には「アザミ嬢のララバイ」でキャニオン・レコードから晴れてレコード・デビューを果たす。1975年10月の「第10回ポピュラーソング・コンテスト」に「傷ついた翼」から急遽差し替えた「時代」によってグランプリを受賞。11月の第6回世界歌謡祭 でもグランプリを受賞した。「時代」は12月にセカンド・シングルとして発売。これをきっかけにミュージシャンとしての実力をヤマハミュージックの川上源一に見出される。その後中島は川上を現在に至るまで師父のように仰いでおり、中島のアルバムには、今日に至るまで、スタッフが記載されたクレジットに「DAD 川上源一」と記載されている。ヤマハ育ちでも、ヒットが出ると離れていくミュージシャンが多い中で、中島はヤマハをそのまま自分の拠点としている数少ないミュージシャンである。

1976年4月、ファースト・アルバム『私の声が聞こえますか』を発表。その後現在まで、1年につきアルバム約1枚のペースでコンスタントに作品を発表し続けている。同年には研ナオコに提供したシングル「あばよ」が大ヒットし、ソングライターとしての名を世間に知らしめる。翌年には歌手としても「わかれうた」が70万枚を超えるセールスを記録し、ミュージシャンとしての地位を確固たるものにした。職業作曲家・作詞家としても、先述の研ナオコに提供した「かもめはかもめ」をはじめ、桜田淳子しあわせ芝居」、増田けい子すずめ」など数多くのヒット曲を世に送り出し、大きな成功を収めた。

数少ない出演番組のひとつとして1977年から放送されたコッキーポップがある。その中で披露された「時代」では第6回世界歌謡祭グランプリ受賞の様子がインサートされ、「この空を飛べたら」においては加藤登紀子と共演している。

歌手としてのブレイク曲「わかれうた」が収録されていた1978年発表の4枚目のアルバム『愛していると云ってくれ』には「世情」という楽曲が収められている。後年にTBSドラマ3年B組金八先生』の劇中に使用されて大きな話題を呼び、シングル・カットされなかったにもかかわらず中島の初期の代表曲のひとつとなっている。『親愛なる者へ』以降、1985年発表のアルバム『miss M.』までの8枚のスタジオ録音アルバムは連続でオリコンのアルバムチャートで1位を獲得している。1977年発表のアルバム『あ・り・が・と・う』から1996年発表のアルバム『パラダイス・カフェ』までの22枚のスタジオ収録アルバムは連続で同チャートで10位以内を獲得している。

1980年代[編集]

中島 みゆき

1979年ニッポン放送中島みゆきのオールナイトニッポン』(月曜1部)がスタートし、番組においての軽妙な語り口がリスナーのあいだで大きな人気を集めた。1980年代前半にはミュージシャンとして更に大きな人気を集めており、1981年のシングル「悪女」はオリコンのシングルチャートで自身2度目の1位を獲得し、1982年の年間チャートでも6位を記録、この曲のアルバム・バージョンが収録された1982年発表のアルバム『寒水魚』が同年のオリコンの年間アルバムチャートで1位を記録するなど、1981年から1982年にかけてはその人気はピークに達した。1983年には柏原芳恵に提供した「春なのに」が大ヒットし、第25回日本レコード大賞の作曲賞を受賞した。

以降アルバム・セールスは下降線を辿り、1980年代中期から後期にかけてはサウンド・アプローチや作風そのものについてもひたすら模索する時代が続いた。甲斐バンド甲斐よしひろクリスタルキングなどをプロデューサーに迎えてアルバムを制作したり、テッド・ジェンセンやラリー・アレキサンダーなどによるニューヨークでのミキシングなどに臨んでいる。1985年発表のシングル「つめたい別れ」ではスティーヴィー・ワンダーの吹くハーモニカを大々的にフィーチャーしている。中島は後年になって模索に励んだ1980年代中期(『はじめまして』-『中島みゆき』)を振り返り、「御乱心の時代」と称している。自らのレコード・セールスが伸び悩む一方で、職業作家としては工藤静香の「MUGO・ん…色っぽい」、「黄砂に吹かれて」などの作詞を担当した。

「御乱心の時代」は、1988年のアルバム『グッバイ ガール』のプロデュースを手がけた瀬尾一三との出会いによって収まることとなる。中島にとって「これまで自分がやってきたあらゆるスタイルに対処してくれる」という瀬尾は適任らしく、現在に至るまでの全てのオリジナルアルバムでアレンジ、プロデュース、演奏に携わっている。1989年からは、瀬尾が音楽監督として名を連ねる演劇とコンサートを融合した舞台「夜会」(やかい)をBunkamuraシアターコクーンで毎年12月に上演するようになる。「夜会」は中島にとってのライフワークともいえる舞台となり、1998年に一旦、年一回の公演という形を終了し、その後は不定期で上演されている。

1990年代[編集]

中島 みゆき

1990年代の日本の音楽業界では、テレビドラマやCMとのタイアップによってミリオンセラーを記録するシングルが後を絶えなかったが、中島みゆきも例に漏れず、ドラマ『親愛なる者へ』の主題歌「浅い眠り」をはじめとする3枚のミリオンヒットを記録している。いずれもテレビドラマの主題歌として起用された楽曲であり、安達祐実主演の日本テレビ系列『家なき子』の主題歌として書き下ろされた1994年の「空と君のあいだに」は147万枚のセールスを記録した。1983年発表のアルバム『予感』収録曲「ファイト!」との両A面扱いで発売されたこのシングルは、中島にとっての最大級のベストセラーである。この時期のアルバムはシングルほど芳しい成果を上げるわけではなかったものの、1980年代後半よりも安定した成績を収めた。『EAST ASIA』から『パラダイス・カフェ』までの5作は全て20万枚以上のセールスとなっている。1996年にはベストアルバム大吟醸』がオリコンのアルバムチャートで1位を獲得し、日本における女性ソロアーティストのアルバムチャート1位獲得の当時の最高齢記録を更新(2013年現在この記録を保持しているのは松任谷由実)。1997年から1999年にかけてのCDセールスは全体的に大きく伸び悩んだ。

1989年から始めた舞台「夜会」に自身がかけるウェートはより大きくなり、1995年以降に上演されたものは書き下ろしの新曲を中心に構成される、より大掛かりなものへと変貌を遂げた。

1999年には文部科学省の国語審議会委員を務めた。この審議会の委員を務めた歌手は中島みゆきだけである。

2000年代以降 -[編集]

2000年には25年に渡って在籍したポニーキャニオンを離れ、当時創設されたばかりで自らが取締役・主要株主として経営にも参画するミニ・メジャーのレコード会社ヤマハミュージックコミュニケーションズに移籍。以降現在までヤマハから作品を発表している。

移籍後最初にリリースされた中島のシングルが、NHKのテレビ番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』の主題歌「地上の星/ヘッドライト・テールライト」である。主に中島の作品にこれまで馴染みの薄かった中高年層のサラリーマンを中心に大きな人気を集め、最終的にオリコンのウィークリーシングルチャートTOP100に連続174週に渡ってランクインするという驚異的な記録を打ち立てた。

発売当初、全くと言っていいほど話題にならなかったが、『プロジェクトX』の人気が高まるとともに注目され、アルバム『短篇集』には、1曲目が「地上の星」、ラストが「ヘッドライト・テールライト」という構成で収録された。このアルバムを発売するにあたっては、ジャケットの仕様をめぐり岩波書店からクレームがつき、発売直前になって急遽デザインが差し替えられるというハプニングも起こった。

このロングヒットをきっかけに中島は2002年第53回NHK紅白歌合戦に出演。『プロジェクトX』内でもとりあげられた黒部ダム(黒部川第四発電所)からの中継で「地上の星」を歌った。このとき初めて「動く中島みゆき」を見た人も多く、番組中最高の歌手別視聴率(52.8%:ビデオリサーチ調べ/関東地区)を記録。極寒の中で極度の緊張から2番の歌詞を間違えたにもかかわらず反響は大きく、「地上の星/ヘッドライト・テールライト」は翌年1月、発売から2年半近くを経てシングルチャートナンバーワンに輝いた。これはオリコン始まって以来のリリース後最長期間(130週)を経た1位獲得記録である。同時に、1970年代 - 2000年代まで4年代連続の1位獲得となった。

2005年12月28日には『プロジェクトX』の最終回に出演。歌詞以外はほとんど声を発することなく、スタジオで同番組エンディングテーマ「ヘッドライト・テールライト」を熱唱した。その影響で2006年1月16日、「地上の星/ヘッドライト・テールライト」は、2004年2月2日以来のオリコンシングルチャート100位圏内返り咲き(66位)を達成。通算オリコンシングルチャート100位圏内チャートイン記録を183週に延ばした。

『紅白歌合戦』及び『プロジェクトX』の最終回に唄う際、ほとんどMCがなかったのは、当の本人の「あっけらかん」さが表れるのがいやだった、と語っている。

1990年代前半から本格的に行うようになった海外でのレコーディングは2000年代からは主流となり、近年では、アレンジ等にベックの父親として知られるデヴィッド・キャンベルや、ヴィニー・カリウタニール・スチューベンハウスマイケル・トンプソンなどといった有名スタジオ・ミュージシャンを迎えて毎年アルバムを制作するのが恒例となっている。

1998年に一旦休止した「夜会」は2000年から再び不定期で行われるようになり、2006年の「Vol.14 24時着00時発」は、東京においてはこれまでのシアターコクーンではなく青山劇場で、大阪では初めてシアターBRAVA!において上演された。

2006年、第56回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した。「コンサートツアー2005」が評価されてのこと。シンガーソングライターとしては初の受賞者。

同年には、TOKIOに提供した「宙船(そらふね)」の作詞が評価され、第48回日本レコード大賞の作詩賞を受賞した。

2007年8月から新たに設立されたヤマハミュージックアーティストがマネジメントが行う。秋には2年ぶりの全国ツアー「コンサートツアー2007」が行われた。

2009年11月3日、紫綬褒章を受章。受賞に際して、うれしい気持ちを「棚から本マグロ」と表現した。中島曰く、「ふつう、何か頂けそうでも辞退する(考える)ところだが、褒章はふつうではないため、すぐに返事をした」という。

2010年10月から2011年1月まで3年ぶりの全国ツアー「中島みゆきTOUR2010」が27公演9会場で行われた。このツアーから各公演の様子を伝えるTwitterを開始した(ツアー終了後は、中島に関する最新情報を伝えるスタッフ公式Twitterとなった)。

概要[編集]

楽曲[編集]

メロディ
覚えやすいメロディーラインもあるが、息継ぎがし辛い曲も多い。四分の三拍子で構成された楽曲も多数見受けられる。
歌詞
中島みゆきの曲には、日常風景の一部を切り取り、そこを行き来する男と女や働く人々をテーマにし、その一人一人にスポットライトを当て、その心情を曲にのせるものが多い。非常に巧みな比喩表現を用いており、聞き手によってそれぞれ異なった意味を受け取ることができる。普遍的なテーマを歌詞にしていることも非常に多い。例えば、1991年発売のアルバム『歌でしか言えない』収録曲の「永久欠番」。この曲は、「人は誰しも唯一無二の存在である」ということをテーマにした曲で、東京書籍発行の中学校用の教科書『新しい国語3』に引用されている。
対照的に、工藤静香に提供した「MUGO・ん…色っぽい」や西田ひかるに提供した「きっと愛がある」のように軽いノリの詞も存在する。ただし、この2曲に関しては、いずれもCMのキャッチコピー(「MUGO・ん…色っぽい」 - “ん、色っぽい”(カネボウ)、「きっと愛がある」 - “アイがある”(三菱電機))にひっかける方が望ましいと中島が指示を受けていた経緯がある。
見返り美人」や佐田玲子に提供しセルフカバーした「くらやみ乙女」のように、悲劇に内包される喜劇性を最大限に強調したユーモラスな詞も存在する。中島みゆきの作品世界を自己パロディ化したような内容でもある。
歌唱法
基本的に、深いブレスと力強い声質を生かして朗々と歌い上げる。曲によって、また曲の中でも情景や詞が含む感情によって、いくつもの声色を使い分けている。例として、「地上の星」と「ヘッドライト・テールライト」の歌いまわしの違いが挙げられる。同じアルバムの中でももっと声質の大きく異なる曲が収録されることも多い。歌っているときの声と普段の喋り声とのギャップも著しい。転調が得意であるため、転調する曲が多い。例として、「浅い眠り」と「空と君のあいだに」が挙げられる。

記録[編集]

ライバル[編集]

ユーミンこと松任谷由実は、かつて「ライバルは?」と聞かれ「中島みゆきさん」と答えていた。テレビ・ラジオなどでユーミンは「みゆき」と呼ぶ。逆に中島は、『中島みゆき お時間拝借』で「松任谷」と呼んでいた(中島は松任谷より2年早い出生)。

1980年代以降、トレンドに合わせた楽曲でヒットを飛ばす松任谷由実と、己の道を行く中島みゆきを「月と太陽」、「光と影」とするような対比が多く見られ、ユーミンは「恋愛歌の女王」、中島みゆきは「失恋歌の女王」、「女の情念を歌わせたら日本一」などとよく形容された。当人同士は、そうした周囲の対比をさほど気にもかけていない様子。同年代で交友もあり(ユーミンの夫松任谷正隆が中島の曲のアレンジを担当したこともある)、互いに認め合っている。

1984年、中島のコンサートツアー「明日を撃て!」のパンフレットに寄稿したユーミンは、「私がせっかく乾かした洗濯物を、またじとーっとしめらせてしまう、こぬか雨のよう」と中島の音楽を評し、「でも、そうやってこれからも一緒に、日本の布地に風合いを出していきましょう」と締めくくっている。中島は自身の著書『愛が好きです』の中でユーミンのことを「尊敬している」と語っている。

二人は今までに雑誌で1回、ラジオで3回対談している。ラジオの1回目は『中島みゆきのオールナイトニッポン』である(1983年6月13日)。ラジオの2回目は『松任谷由実のサウンド・アドベンチャー』の『ユーミン・オータムスペシャル with 中島みゆき』(1994年10月23日)の5時間スペシャル。3回目は、中島がユーミンのインターネットラジオウィークエンドスペシャル 松任谷由実はじめました』(2001年8月24日)に約7分間飛び入り出演した。 ラジオの1回目の対談では、結婚している松任谷由実が独身の中島みゆきの色欲の処理についてからかい「バカヤロー」と呼ばれている。

ライバルではないが、谷山浩子が出演していたラジオ番組『谷山浩子のオールナイトニッポン』(木曜二部)にたびたび出演していた。谷山にあみんの「待つわ」を無理やりデュエットさせられたこともある。

台湾における知名度[編集]

MTVチャイニーズのホームページ内「音楽評論家のアフターヌーンティー」コーナーには「中島みゆきの創作力は、広く認められている。彼女の作品は、常に香港や台湾の歌手にカバーされ、日本のみならず、アジア全域に中島みゆきの音楽が行き渡ったと言っても過言ではない」と書かれている。

膨大な数のカバー曲や、日本音楽業界との密接な関わりにより、中島のニュースは時々台湾の新聞でも見かけられる。中国時報聯合報の両新聞社の情報バンクだけを取り上げても、ここ十年間における中島に関する報道は、年間20件 - 30件ある。

台湾の詩人曾淑美は、文学雜誌で中島みゆきに関する評論を載せ、評論家湯禎兆蘋果日報に「中島みゆきの名にちなむ」という文章で中島を紹介した。作家劉黎兒も中島の長年のファンとして知られ、自身の作品の中に、幾度も中島のことや歌を書き上げたことがある。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

発売日 タイトル
1st 1975年9月25日 アザミ嬢のララバイ / さよならさよなら
2nd 1975年12月21日 時代 / 傷ついた翼
3rd 1976年3月25日 こんばんわ / 強い風はいつも
4th 1976年7月25日 夜風の中から / 忘れられるものならば
5th 1977年9月10日 わかれうた / ホームにて
6th 1978年8月21日 おもいで河 / ほうせんか
7th 1979年9月21日 りばいばる / ピエロ
8th 1980年2月5日 かなしみ笑い / 霧に走る
9th 1980年10月21日 ひとり上手 / 悲しみに
10th 1981年3月21日 あした天気になれ / 杏村から
11th 1981年10月21日 悪女 / 笑わせるじゃないか
12th 1982年4月5日 誘惑 / やさしい女
13th 1982年9月21日 横恋慕 / 忘れな草をもう一度
14th 1983年10月21日 あの娘 / 波の上
15th 1984年3月21日 ひとり / 海と宝石
16th 1985年9月18日 孤独の肖像 / 100人目の恋人
17th 1985年12月21日 つめたい別れ / ショウ・タイム
18th 1986年6月5日 あたいの夏休み / 噂
19th 1986年9月21日 見返り美人 / どこにいても
20th 1986年11月21日 やまねこ / シーサイド・コーポラス
21st 1987年10月5日 御機嫌如何 / シュガー
22nd 1988年2月26日 仮面 / 熱病 (New Version)
23rd 1988年10月21日 涙 -Made in tears- / 空港日誌
24th 1989年3月15日 あした / グッバイガール
25th 1990年8月21日 with / 笑ってよエンジェル
26th 1991年6月5日 トーキョー迷子 / 見返り美人 (New Version)
27th 1992年3月4日 誕生 / Maybe
28th 1992年7月29日 浅い眠り / 親愛なる者へ
29th 1993年4月21日 ジェラシー・ジェラシー / 兆しのシーズン
30th 1993年12月1日 時代 / 最後の女神
31st 1994年5月14日 空と君のあいだに / ファイト!
32nd 1995年5月19日 旅人のうた / SE・TSU・NA・KU・TE
33rd 1996年11月21日 たかが愛 / 目を開けて最初に君を見たい
34th 1997年11月7日 愛情物語 / 幸せ
35th 1998年2月4日 命の別名 / 糸
36th 1998年10月7日 瞬きもせず / 私たちは春の中で / 瞬きもせず (MOVIE THEME VERSION)
37th 2000年7月19日 地上の星 / ヘッドライト・テールライト
38th 2003年7月23日 銀の龍の背に乗って / 恋文
39th 2006年2月1日 帰れない者たちへ / 命のリレー ('04 夜会ヴァージョン)
40th 2007年7月11日 一期一会 / 昔から雨が降ってくる
41st 2009年11月4日 愛だけを残せ / 闘りゃんせ
42nd 2011年10月26日 荒野より / バクです
43rd 2012年10月10日 恩知らず / 時代 -ライヴ 2010〜11-

アルバム[編集]

オリジナルアルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1976年4月25日 私の声が聞こえますか
2nd 1976年10月25日 みんな去ってしまった
3rd 1977年6月25日 あ・り・が・と・う
4th 1978年4月10日 愛していると云ってくれ
5th 1979年3月21日 親愛なる者へ
6th 1979年11月21日 おかえりなさい
7th 1980年4月5日 生きていてもいいですか
8th 1981年3月5日 臨月
9th 1982年3月21日 寒水魚
10th 1983年3月5日 予感
11th 1984年10月24日 はじめまして
12th 1985年4月17日 御色なおし
13th 1985年11月7日 miss M.
14th 1986年11月12日 36.5℃
15th 1988年3月16日 中島みゆき
16th 1988年11月16日 グッバイ ガール
17th 1989年11月15日 回帰熱
18th 1990年6月13日 夜を往け
19th 1991年10月23日 歌でしか言えない
20th 1992年10月7日 EAST ASIA
21st 1993年10月21日 時代-Time goes around-
22nd 1994年10月21日 LOVE OR NOTHING
23rd 1995年10月20日 10 WINGS
24th 1996年10月18日 パラダイス・カフェ
25th 1998年3月18日 わたしの子供になりなさい
26th 1999年11月3日 日-WINGS
27th 1999年11月3日 月-WINGS
28th 2000年11月15日 短篇集
29th 2001年9月19日 心守歌-こころもりうた
30th 2002年10月23日 おとぎばなし-Fairy Ring-
31st 2003年11月19日 恋文
32nd 2004年11月17日 いまのきもち
33rd 2005年11月16日 転生 TEN-SEI
34th 2006年11月22日 ララバイSINGER
35th 2007年10月3日 I Love You, 答えてくれ
36th 2009年11月18日 DRAMA!
37th 2010年10月13日 真夜中の動物園
38th 2011年11月16日 荒野より
39th 2012年10月24日 常夜灯

ベストアルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1986年1月5日 中島みゆき THE BEST
2nd 1987年8月21日 Singles
3rd 1989年3月21日 中島みゆき PRESENTS BEST SELECTION 16
4th 1992年4月1日 中島みゆき BEST SELECTION II
5th 1994年4月21日 Singles II
6th 1996年3月21日 大吟醸
7th 1998年11月6日 大銀幕
8th 2002年4月17日 Singles 2000
9th 2006年6月14日 元気ですか
10th 2013年11月20日 十二単〜Singles 4〜

ライブアルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1987年2月21日 歌暦
2nd 2005年3月23日 中島みゆきライヴ! Live at Sony Pictures Studios in L.A.
3rd 2008年6月11日 歌旅 -中島みゆきコンサートツアー2007-

映像作品[編集]

発売日 タイトル
1st 1987年8月21日 中島みゆき CDV GOLD
2nd 1991年6月21日 A FILM of Nakajima Miyuki
3rd 1991年11月7日 夜会1990
4th 1992年10月21日 夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN
5th 1993年11月3日 夜会VOL.4 金環蝕
6th 1994年11月2日 夜会VOL.5 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に
7th 1994年11月2日 ドキュメント夜会VOL.5 花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に
8th 1995年11月1日 夜会VOL.6 シャングリラ
9th 1996年11月7日 夜会VOL.7 2/2
10th 1997年3月21日 FILM of Nakajima Miyuki II
11th 1997年11月19日 夜会VOL.8 問う女
12th 1999年12月1日 夜会VOL.10 海嘯
13th 2000年8月2日 THE FILM of Nakajima Miyuki
14th 2003年12月3日 夜会の軌跡 1989〜2002
15th 2004年12月15日 夜会VOL.13 24時着 0時発
16th 2004年12月23日 歌姫 LIVE in L.A.
17th 2005年3月23日 中島みゆきライヴ! Live at Sony Pictures Studios in L.A.
18th 2008年6月11日 歌旅 -中島みゆきコンサートツアー2007-
19th 2008年11月19日 夜会VOL.14 24時着 00時発
20th 2010年10月13日 夜会VOL.16 〜夜物語〜本家・今晩屋
21st 2013年11月11日 夜会VOL.17 2/2

CD-ROM[編集]

以下3作とも全て廃盤
発売日 タイトル フォーマット
1st 1997年10月17日 なみろむ PlayStation
DVD-ROM/DVD-Video
CD-ROM
2nd 2003年12月 なみごよみ CD-ROM
3rd 2004年12月 なみめくり [2] CD-ROM

ライブ映画[編集]

公開日 タイトル
1st 2012年5月9日 中島みゆきLIVE「歌旅 劇場版」
2nd 2012年10月13日 中島みゆきLIVE&PV「歌姫 劇場版」

他歌手によるカバーアルバム・トリビュートアルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1997年11月19日 中島みゆき ソングライブラリー1〜5
2nd 2002年10月2日 中島みゆき的アジアン・カバーズ
3rd 2003年9月18日 中島みゆきSONG LIBRARY BEST SELECTION
4th 2003年9月26日 中島みゆきトリビュート Yourself...Myself
5th 2006年6月14日 元気ですか

オフィシャルインストゥルメンタルカバーアルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 2008年10月22日 チェロとピアノで聞く中島みゆき
2nd 2009年1月29日 チェロとピアノで聞く中島みゆきII
3rd 2009年10月21日 インストゥルメンタルで聞く中島みゆき
4th 2010年10月13日 インストゥルメンタルで聞く中島みゆきII
5th 2011年11月16日 インストゥルメンタルで聞く中島みゆきIII

他者への主な提供曲[編集]

歌手名 曲名 作詞 作曲 セルフカバー
研ナオコ LA-LA-LA 中島みゆき 中島みゆき 夜会VOL.3 KAN(邯鄲)TAN
雨が空を捨てる日は 中島みゆき 中島みゆき みんな去ってしまった
明日 靴がかわいたら 中島みゆき 中島みゆき
わすれ鳥のうた 中島みゆき 中島みゆき
あばよ 中島みゆき 中島みゆき おかえりなさい
強がりはよせよ 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』(タイトルは「強がりはよせ」)
はぐれ鳥 中島みゆき 中島みゆき
ふられた気分で 中島みゆき 中島みゆき コンサートのみ。その時のタイトルは「ふられた気分[3]がない)
さよならを伝えて 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』(タイトルは「サヨナラを伝えて」)
杏村から 中島みゆき 中島みゆき シングル「あした天気になれ」B面
かもめはかもめ 中島みゆき 中島みゆき 御色なおし
窓ガラス 中島みゆき 中島みゆき 夜会1990
みにくいあひるの子 中島みゆき 中島みゆき おとぎばなし-Fairy Ring-
こぬか雨 中島みゆき 中島みゆき
ひとりぽっちで踊らせて 中島みゆき 中島みゆき 『御色なおし』
山内恵美子 笑わせるじゃないか 中島みゆき 中島みゆき シングル「悪女」B面
ほっといてよ 中島みゆき 中島みゆき
ちあきなおみ ルージュ 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』
帰っておいで 中島みゆき 中島みゆき
うかれ屋 中島みゆき 中島みゆき
桜木健一 別れのための子守歌 及川恒平 中島みゆき
日吉ミミ 命日 中島みゆき 中島みゆき
世迷い言 阿久悠 中島みゆき 『おかえりなさい』
桜田淳子 しあわせ芝居 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』
追いかけてヨコハマ 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』
20才になれば 中島みゆき 中島みゆき コンサートのみ
加藤登紀子 この空を飛べたら 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』
グラシェラ・スサーナ さよならの鐘 中島みゆき 中島みゆき 『御色なおし』
中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』
小柳ルミ子 雨… 中島みゆき 中島みゆき 『おかえりなさい』
根津甚八 ピエロ 中島みゆき 中島みゆき シングル「りばいばる」B面
増田けい子 すずめ 中島みゆき 中島みゆき 『御色なおし』
古手川祐子 煙草 中島みゆき 中島みゆき 『御色なおし』
郷ひろみ 美貌の都 中島みゆき 筒美京平 『御色なおし』
SCENE21・祭り街 中島みゆき 筒美京平
比呂魅卿の犯罪 中島みゆき 坂本龍一
柏原芳恵 春なのに 中島みゆき 中島みゆき 回帰熱
カム・フラージュ 中島みゆき 中島みゆき 『御色なおし』
最愛 中島みゆき 中島みゆき 『御色なおし』
ロンリー・カナリア 中島みゆき 中島みゆき 『回帰熱』
松坂慶子 海と宝石 中島みゆき 中島みゆき シングル「ひとり」B面
『御色なおし』
三田寛子 少年たちのように 中島みゆき 中島みゆき コンサートのみ
愛される花 愛されぬ花 中島みゆき 中島みゆき 『おとぎばなし-Fairy Ring-』
松本典子 儀式 (セレモニー) 中島みゆき 中島みゆき 『回帰熱』
前川清 中島みゆき 中島みゆき グッバイガール』(シングルとしてもリリース)
※ 中島版のタイトルは「涙 -Made in tears-
田中一郎 and 甲斐よしひろ あり、か 中島みゆき 中島みゆき 『回帰熱』
薬師丸ひろ子 空港日誌 中島みゆき 中島みゆき シングル「涙-Made in tears-」B面
未完成 中島みゆき 中島みゆき 『回帰熱』
おとぎばなし 中島みゆき 中島みゆき 『おとぎばなし-Fairy Ring-』
長山洋子 肩幅の未来 中島みゆき 筒美京平 『回帰熱』
な・ま・い・き 中島みゆき 筒美京平
工藤静香 FU-JI-TSU 中島みゆき 後藤次利 コンサートのみ
証拠をみせて 中島みゆき 後藤次利
さよならの逆説 中島みゆき 後藤次利
ブリリアント・ホワイト 中島みゆき 後藤次利
裸爪のライオン 中島みゆき 後藤次利 『おとぎばなし-Fairy Ring-』
MUGO・ん…色っぽい 中島みゆき 後藤次利
群衆 中島みゆき 後藤次利 『回帰熱』
黄砂に吹かれて 中島みゆき 後藤次利 『回帰熱』
秋子 中島みゆき 後藤次利
私について 中島みゆき 後藤次利 コンサートのみ
TEL・・ME 中島みゆき 後藤次利
つぎはぎのポートレート 中島みゆき 後藤次利
Embrace 中島みゆき 後藤次利
慟哭 中島みゆき 後藤次利 時代-Time goes around-
コール 中島みゆき 後藤次利
他人の街 中島みゆき 後藤次利
そのあとは雨の中 中島みゆき 後藤次利
激情 中島みゆき 中島みゆき コンサートのみ
雪・月・花 中島みゆき 中島みゆき 『おとぎばなし-Fairy Ring-』
Clāvis -鍵- 中島みゆき 中島みゆき ララバイSINGER
NIGHT WING 中島みゆき 中島みゆき コンサートのみ
雪傘 中島みゆき 中島みゆき 真夜中の動物園
佐田玲子 くらやみ乙女 中島みゆき 中島みゆき 『回帰熱』
坪倉唯子 365の夜と昼 中島みゆき 寺尾広
森山良子 花束を私のために 中島みゆき 倉田信雄 コンサートのみ
吉田日出子 あどけない話 中島みゆき 中島みゆき 『時代-Time goes around-』
中江有里 風の姿 中島みゆき 中島みゆき 『時代-Time goes around-』
パトリシア・カース Juste une chanson
(原題: かもめの歌)
中島みゆき 中島みゆき 『時代-Time goes around-』
雪村いづみ 夢見る勇気 中島みゆき 中島みゆき 『時代-Time goes around-』
西田ひかる きっと愛がある 中島みゆき 朝倉紀幸
高倉健&裕木奈江 あの人に似ている さだまさし
中島みゆき
さだまさし
中島みゆき
『おとぎばなし-Fairy Ring-』[4]
吉田拓郎 永遠の嘘をついてくれ 中島みゆき 中島みゆき パラダイス・カフェ
小林幸子 幸せ 中島みゆき 中島みゆき シングル「愛情物語」c/w曲
石嶺聡子 You don't know 中島みゆき 中島みゆき わたしの子供になりなさい
フェイ・ウォン 人間 林夕 中島みゆき 『わたしの子供になりなさい』[5]
竹中直人 紅灯の海 中島みゆき 中島みゆき 『わたしの子供になりなさい』
Non 握手 中島みゆき Non
由紀さおり&安田祥子 帰省 中島みゆき 中島みゆき 短篇集
柴咲コウ 思い出だけではつらすぎる 中島みゆき 中島みゆき 恋文
岩崎宏美 ただ・愛のためにだけ 中島みゆき 中島みゆき 『ララバイSINGER』
華原朋美 あのさよならにさよならを 中島みゆき 中島みゆき 『ララバイSINGER』
TOKIO 宙船(そらふね) 中島みゆき 中島みゆき 『ララバイSINGER』
本日、未熟者 中島みゆき 中島みゆき I Love You, 答えてくれ
クミコ 十年 中島みゆき 中島みゆき
谷山浩子 雪虫 Whisper 中島みゆき 谷山浩子
YOKO 闘りゃんせ 中島みゆき 中島みゆき シングル「愛だけを残せ」c/w曲
中島美嘉 愛詞 (あいことば) 中島みゆき 中島みゆき
織田哲郎 Winter Song 中島みゆき 織田哲郎

主なタイアップ曲[編集]

楽曲 タイアップ 時期
海よ 映画『海よお前が -帆船日本丸の青春-』挿入歌 1981年
世情 TBS系ドラマ『3年B組金八先生 第2シリーズ「卒業式前の暴力(2)」』挿入歌
安寿子の靴 NHKドラマスペシャル『安寿子の靴』主題歌 1984年
おだやかな時代 テレビ朝日系『ニュースステーション』内コーナー「日本の駅」テーマソング 1986年
匂いガラス NHKドラマスペシャル『匂いガラス』主題歌
雨月の使者 NHKドラマスペシャル『雨月の使者』主題歌 1987年
あした KDD001」CMソング 1989年
with 松竹映画『息子』イメージソング 1991年
Maybe Panasonic「ブレンビー」CMソング
まつりばやし 北海道拓殖銀行CMソング 1992年
浅い眠り フジテレビ系ドラマ『親愛なる者へ』主題歌[6]
誕生 東宝映画『奇跡の山-さよなら、名犬平治』主題歌
最後の女神 TBS系『筑紫哲也 NEWS23』エンディングテーマ 1993年
時代 郵政省お年玉付き年賀はがき」CMソング[7]
フジテレビ開局50周年特別企画『わが家の歴史』エンディングテーマ(2010年)
ファイト! 住友生命「ウィニングライフ」CMソング 1994年
空と君のあいだに 日本テレビ系ドラマ『家なき子』主題歌
劇場版『家なき子』主題歌[8]
御機嫌如何 郵政省「かもめーる」CMソング[9]
旅人のうた 日本テレビ系ドラマ『家なき子2』主題歌 1995年
二隻の舟[10] 映画『霧の子午線』主題歌
フジテレビ系ドラマ『海峡を渡るバイオリン』主題歌(2005年)
1996年
眠らないで 映画『海ほおずき』主題歌
たかが愛 テレビ朝日系ドラマ『はみだし刑事情熱系』主題歌
狼になりたい 大塚製薬「ファイブミニ」CMソング 1997年
愛情物語 テレビ朝日系ドラマ『はみだし刑事情熱系 PARTII』主題歌
TBS系ドラマ『聖者の行進』主題歌[11]
国民文化祭ふくい2005イメージソング(2005年)
七十七銀行CMソング(2009年)
関西電力イメージCM(2011年)
BOSSコーヒー『大相撲編』CMソング(2013年)
1998年
命の別名 TBS系ドラマ『聖者の行進』主題歌[12]
瞬きもせず (MOVIE THEME VERSION) 松竹映画『学校III』主題歌
私たちは春の中で 映画『大いなる完 ぼんの』主題歌
孤独の肖像1st. NHKドラマスペシャル『終のすみか』エンディングテーマ
映画『ガラスの使徒』主題歌[13](2005年)
1999年
地上の星 NHK『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』オープニングテーマ
BOSSコーヒー『地上の星編』CMソング(2008年)
2000年
ヘッドライト・テールライト NHK『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』エンディングテーマ
銀の龍の背に乗って フジテレビ系ドラマ『Dr.コトー診療所』主題歌
Dr.コトー診療所・特別編』主題歌(2004年)
Drコトー診療所・2004 SP』主題歌(2004年)
Dr.コトー診療所2006』主題歌(2006年)
2003年
命のリレー フジテレビ系ドラマスペシャル『女の一代記』シリーズ主題歌 2005年
帰れない者たちへ テレビ朝日系ドラマ『松本清張 けものみち』主題歌 2006年
サッポロSNOWY 北海道放送たった一度の雪 〜SAPPORO・1972年〜』主題歌 2007年
一期一会 TBS系『世界ウルルン滞在記ルネサンス』主題歌
昔から雨が降ってくる TBS系『世界ウルルン滞在記ルネサンス』エンディングテーマ
夢の通り道を僕は歩いている 広島テレビ放送広島発!夢の通り道』テーマ曲 2008年
愛だけを残せ 東宝映画『ゼロの焦点』主題歌 2009年
アザミ嬢のララバイ 毎日放送系ドラマ『アザミ嬢のララバイ』テーマソング 2010年
荒野より TBS系ドラマ『南極大陸』主題歌 2011年
走(そう) テレビ東京新春ワイド時代劇忠臣蔵〜その義その愛』主題歌 2012年
恩知らず 日本テレビ系ドラマ『東京全力少女』主題歌

「夜会」の演目[編集]

詳細は 夜会#公演一覧 を参照

主な書籍・出版物[編集]

著書[編集]

発売日 タイトル 出版社
1982年11月25日 愛が好きです 新潮文庫
1984年2月5日 伝われ、愛 -月曜のスタジオから- 新潮社
1985年4月25日 伝われ、愛 -月曜のスタジオから- 新潮文庫
1986年9月10日 女歌 新潮社
1986年12月5日 中島みゆき全歌集 朝日新聞社
1987年4月30日 中島みゆき「歌暦」写真集 財団法人ヤマハ音楽振興会
1987年5月29日 LOVE ニッポン放送出版/扶桑社
1987年9月10日 片想い 新潮文庫
1988年5月5日 泣かないで・女歌 新潮社
1988年7月15日 女歌 新潮文庫
1990年7月15日 泣かないで・女歌 新潮文庫
1991年7月15日 この空を飛べたら 新潮社
1992年11月10日 夜会Vol.3 KAN TAN 角川書店
1992年11月14日 夜会Vol.4 金環蝕 角川書店
1992年11月14日 夜会Vol.4 金環蝕 角川書店
1993年10月25日 愛が好きですII 新潮文庫
1994年7月20日 ジャパニーズ・スマイル 新潮社
1994年11月30日 夜会Vol.5 花のいろはうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に 角川書店
1995年3月1日 この空を飛べたら 新潮文庫
1995年11月30日 シャングリラ 角川書店
1995年12月1日 中島みゆき お時間拝借 TOKYO FM出版
1996年12月6日 2/2 幻冬舎
1997年4月25日 邯鄲 夜会1991 幻冬舎
1997年4月25日 金環蝕 夜会1992 幻冬舎
1997年11月1日 ジャパニーズ・スマイル 新潮文庫
1997年12月20日 問う女 幻冬舎
1997年12月25日 花のいろはうつりにけりな 夜会1993 幻冬舎
1998年3月24日 中島みゆき全歌集II 1987〜1998 朝日新聞社
1999年8月25日 2/2 (文庫) 幻冬舎
1999年12月10日 海嘯 幻冬舎
2000年1月15日 夜会 幻冬舎
2001年1月15日 ウィンター・ガーデン 幻冬舎
2002年6月1日 もっぷでやんす 小学館
2003年12月30日 中島みゆき最新歌集 1987〜2003 朝日新聞社
2005年6月1日 時代 サンマーク出版

データブック[編集]

発売日 タイトル 出版社
2006年11月17日 地球音楽ライブラリー 中島みゆき TOKYO FM出版

出演[編集]

ラジオパーソナリティ[編集]

テレビ出演歴[編集]

CM出演歴[編集]

映画出演歴[編集]

関連人物[編集]

  • 吉田拓郎 - デビュー前、中島は拓郎の追っかけをやっており、拓郎の楽屋にも出入りするほど、周囲では有名なファンであった。拓郎は、中島の「ファイト!」を気に入っており、よくコンサートで歌っている。中島は拓郎のことを「よた」と呼んでいた。2006年9月23日に行われた「吉田拓郎&かぐや姫コンサートinつま恋2006」にゲスト出演し、提供曲「永遠の嘘をついてくれ」で共演した。この模様はNHK BShiで生放送され、同コンサートのDVD『Forever Young Concert in つま恋』に収録されている。ゲスト出演すると、コンサートを全部見ることができると思っていたが、ゲスト出演が極秘であった為、ある部屋に出演時間まで、缶詰され目隠しの車に乗せられてコンサート会場に行き、リハーサル無しで、出演し歌を歌い終わったら、そのまま東京へ護送された(本人曰く)ということだった。
  • 松山千春 - 共に札幌テレビ放送(STV)のディレクターだった竹田健二(1977年、37歳で急逝)に恩義があり、北海道出身同士の友人。髪が薄いのをからかって中島が「まさしと千春のコンサートには、ワカメの花束を持って行こう!」と言ったことも(さだまさし談…さだ・松山・中島の三人で食事をした際に、松山が薄毛対策のためにわかめスープを飲んだのに、さだが付き合う形で二人で飲んだ。その時「みゆきがそばでジィーッと見てて」[14]
  • さだまさし - 「あの人に似ている」を共作。古くからの仲であり、お互いに「みゆき」「まさし」と呼ぶ間柄。二人でレコーディングした際のインタヴューではお互いに「ファンだ」と言い合っていた。このデュエットの実現は中島の要請によるものである。さだは、2006年元日に放送された自身司会のNHK『新春いきなり生放送!!「年の初めはさだまさし」』で、『プロジェクトX』の後継番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』の番宣に登場したNHKスタッフに、「この番組には中島みゆきさんの歌はないんですか?」とわざわざ質問していた。2011年1月1日放送の『年の初めはさだまさし』で中島が『今夜も生でさだまさし』の視聴者であることが紹介されたが、その際さだは、中島と2010年末に名古屋で会った時にさだが「『今夜も生で中島みゆき』やればいいのに。みゆきなら出来る」(中島が「TOUR2010」で観客からのお便りを読むコーナーをやっていることから)と言ったところ中島が「白板の前のライトはきつい」と答えた、というエピソードを紹介した。さだの妹・佐田玲子のデビュー曲は、中島が書いている。
  • 瀬尾一三 - 『グッバイガール』以来、ずっと中島のアレンジャー、プロデューサーを務めている。
  • 後藤次利 - 一時期編曲ベース演奏で中島と多く組んだ。
  • 斎藤ノヴ
  • 杉本和世
  • 甲斐よしひろ - 『36.5℃』でプロデューサー、『中島みゆき』でコンポーザーとして組んだ。1986年6月29日黒澤フィルム・スタジオでの甲斐バンドのスペシャル・ラスト・ライヴにゲスト出演し、甲斐バンドの「港からやってきた女」を共演した。この模様は甲斐バンドのDVD『HERE WE COME THE 4 SOUNDS』、CD『シークレット・ギグ』に収録されている。
  • 桜田淳子 - 中島みゆきの提供した曲は息継ぎがしづらく、こめかみに青筋を立てて歌っていたと、中島自身がラジオで語っていた。
  • 柏原芳恵 - 柏原のレコーディングは、どの提供曲も毎回、中島が立ち会ったという。そのレコーディングで中島は「芳恵ちゃんって歌うまかったのね」と語った。
  • 研ナオコ谷山浩子工藤静香 - 自他共に認め合う年来の大親友たち。
  • 筒美京平
  • 所ジョージ - 「オールナイトニッポン」のパーソナリティ同士として知り合い、時々各々の曜日に行き来した。所の思いつきで、ゲームに負けたら所のシングル『寿司屋』にちなんだ『蕎麦屋』という曲を作って歌え、と言われた中島はそのゲームに負け、本当に『蕎麦屋』なる曲を歌うこととなった。
  • 明石家さんま - 1984年6月、聴取率調査週間のため『中島みゆきのオールナイトニッポン』に出演。肝心の中島みゆきは、TVで『オレたちひょうきん族』を見たことがないだけでなく、明石家さんまの存在自体を知らなかった。当然、話は噛み合わずさんまが「『8時だョ!全員集合』って観たことあります?」 みゆき「昔…」 さんま「その裏番組で『ひょうきん族』っていう番組をしてます……」という会話があった。
  • 槇原敬之 - カバーアルバムで「空と君のあいだに」「ファイト!」をカバー。『お時間拝借』にゲスト出演したこともある。
  • 桜井和寿 - 自身と小林武史が中心のバンドBank Bandで「僕たちの将来」「糸」をカバー
  • 田村仁 - 写真家。中島の『みんな去ってしまった』から現在までのアルバムジャケット写真をはじめ、世に出回る中島の写真のほとんどの撮影は田村によるものである。
  • うえやなぎまさひこ - かつて中島が『オールナイトニッポン』の月曜1部放送後の、2部パーソナリティーがうえやなぎであったことから懇意となり、2003年-2004年、『うえやなぎまさひこのサプライズ!』内で『中島みゆき ほのぼのしちゃうのね』がベルト番組として放送されていた。メインパーソナリティーである、うえやなぎに「おーやさーん!」(大家さーん!)と、中島独特の抑揚で叫んで回覧板を持ってくる…という設定のオープニングだった。2006年12月15日には『オールナイトニッポン』40周年を記念し、一夜限りの復活をした『中島みゆきのオールナイトニッポン』では、アシスタントとして登場した。
  • 竹中直人
  • 安達祐実 - 安達主演のテレビドラマ『家なき子』、『家なき子2』(1994年-1995年 日本テレビ)主題歌で大ヒットとなる。
  • 秋本治 - 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の初めの方には、中島みゆきに関連した書き込みが多く見られる。中島みゆきは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のコミックス11巻の後ろの紹介文も書いている。
  • 山内亮史 - 『中島みゆきの社会学』著者、旭川大学学長。中島みゆきのファンであり、講義でも数多く中島みゆきについて解説している。
  • 村上龍 - 『GORO』(1978年5月25日号)で対談。『女歌』の文庫版に解説「幸福という言葉に惑わされない女達」を寄稿。村上と坂本龍一がホストの鼎談集『EV.Cafe 超進化論』では吉本隆明と3人で中島の歌詞について語っている。小説『テニスボーイの憂鬱』では、会話の中で中島みゆきが話題になる箇所があり、登場人物の一人が、涙が出てきそうな歌の文句として「五才の頃」の歌詞に触れる台詞がある。
  • 落合真司 - 中島に関わる書籍を多数書いている。
  • 福山雅治 - 「ファイト!」をカバーする。2011年10月22日、福山とみゆきは福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオで共演した。
  • 高橋源一郎 - 『さようなら、ギャングたち』にて、ヒロインが「中島みゆきソング・ブック」と名付けられる。
  • センチメンタル・シティ・ロマンス - アルバム『御色なおし』の一部の楽曲の編曲・レコーディングを担当。
  • 呉智英 - 自身熱狂的ファンであることを公言し、中島の楽曲を「恋愛が近代的自我にとって最大の不条理になるという逆説」(「中島みゆきは中山みきである」)を歌うものとして高く評価する。
  • 銀杏BOYZ - ドラムの村井守はいとこに当たる。
  • 杉原千畝 - 『SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-』(新国立劇場、2008年・2013年)に、舞台作品としては初めて書き下ろしの楽曲を提供。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. シングルのリリースは2000年である。
  2. 誕生日設定があり、誕生日には中島本人の肉声によりお祝いのメッセージが流れる。
  3. 研も1982年に30thシングルとして、このタイトルでリメイクした。
  4. さだまさしとのデュエットで収録されている。
  5. アルバム収録に辺り、詞を自ら書き直しタイトルも「清流」に変更して収録されている。
  6. 中島本人も女医役で第2話と最終話に出演。
  7. CMには中島本人が出演し、2000年まで放映された。
  8. アルバム『LOVE OR NOTHING』に収録されているアルバムヴァージョンを起用している。
  9. CMには中島本人が出演し、1995年まで放映された。
  10. 元々は「夜会」のテーマソングである。
  11. 起用された話数は、第1話 - 第4話、第10話 - 最終話。
  12. 起用された話数は、第5話 - 第9話。
  13. 中島本人も「糸占い」の占い師役として出演
  14. さだまさし『さだまさし ステージ・トーク 噺歌集』(文春文庫 1986年 P129-130 さだの発言自体は1979年6月のもの)より。この話は、かつては三人で食事をするほどの仲であったことも示している。

外部リンク[編集]

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